2015年1月 8日 (木)

犬軍団の終焉

7日過ぎたので書く。

一時期は10頭を超えた我が家の犬軍団。

少しずつ、櫛の歯が抜けるようにいなくなり、一昨年には連続していなくなったりしながら、

とうとう残り2頭になって、

その1頭も脳梗塞になった数ヵ月後にはいなくなり、

齢19歳の寝たきり要介護婆ちゃん犬1頭だけが残っていましたが、

1月1日の午前9時50分ごろ、犬軍団最期の生き残りは虹の橋の向こうへ旅立っていきました。

年齢などを考えると、よくここまで生きてくれたと思う一方、

やっと楽になれたのかな、などと思ったり。

元の飼い主に虐められていた最初の2頭が我が家に来てから20数年。

増え続けながら何年にもわたり必ず視界に入っていた筈の犬が居ない我が家に少し違和感。


もしかしたらあいつら(猫2匹)が来たのは、この空隙を埋めるためなのかも知れません。

恐らく奴ら(猫2匹)が居なければもっと寂しい思いをしてたでしょう。

あいつらは今は元気いっぱいで人間は生傷が絶えない状態です。

長生きしてくれるといいなぁ。

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2010年12月17日 (金)

つよし

先ほど、2010年12月16日午後11時25分ごろ。
ここ何ヶ月か弱ってて玄関先で寝たきりになっていた、ハスキー系雑種のつよしが永眠しました。
昨日辺りから力が抜けて頭も上げられない状態で、今日は流動食すら口に出来ず、口は半開きで舌が垂れ下がったまま元に戻せないくらい弱っておりました。
そんな訳で家族一同覚悟はしていたのですが、最期くらい暖かい場所でと思って居間に移し、様子を見ていた次第です。

つよしが我が家に来たのは2006年10月26日。
札幌市動物管理センターで保護されていた所を引取ってきました。
躾が良かったのか、基本的なことは何も教える必要が無く、物覚えも良い利口な犬でした。
やりたくない事や拙いと思った時にはそっぽを向いて知らない振りをする、割とずるい犬でもありました。
「お手」を要求すると、なぜか左前足で「おかわり」をするお茶目さんでした。
でもとても大人しい、とても可愛い犬でした。
引取った時の年齢が判らないので、享年も判りません。
うちに来た時に病院で見てもらったのですが、前脚の間接部の禿げ具合から7歳以上じゃないかと。
そうだとすれば永眠した時の年齢は11歳以上。
もしかしたらもっと上。

もっと良い家に引取られていたら、もっと長生きしたのだろうか…
俺は飼い主としてもっと何か出来たんじゃないだろうか…
犬と話が出来たらもっと苦しめずに済んだのだろうか…


飼い犬が居なくなるたびに繰り返される、そんな思考。


色々と凹む事の多い年末です。

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2009年1月29日 (木)

某所で見ていて

うちの愛犬の1頭もあそこの出身で、処分前に連れ出すことが出来たんだよなぁ。

参考記事
http://raoutoraou.txt-nifty.com/raou/2006/10/post_2aa9.html

見ていて忍びないけど、どうしても一人が出来る事は限られているのでどうする事もできない。
自分がトンでもない富豪だったら全部引き取るのに。

動物を飼うほうの気構えとして、死ぬまで面倒を見る、という事を徹底できていない。
そう言う人は動物を飼うべきじゃない。

うちは最盛期で10頭の犬を飼っていました。
流石に家計を圧迫する頭数ですが、命が宿っている以上は何とか一緒に暮らそうと努力していました。
(1頭だけ逃げられたことはある。しばらく探したけど、連絡をお願いしていた動物愛護センターには保護されておらず、遺体回収もされていなかったので誰かに拾われたらしい)
寿命や病気で居なくなり今は7頭になりましたが、とてもじゃないけど捨てるなんて事は考えられません。

ペットは家族であって所有物ではない。
事情があって飼えなくなったのなら、里親を探せば良い。
行政も結構協力してくれるから、悩んでるなら相談するべき。
動物には酷な話かもしれないけど、わけの分からないまま死んでしまうよりははるかにマシだ。

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2006年10月29日 (日)

移籍情報

動物管理センター シベリアンハスキー系雑種

RaoU家に完全移籍

◆この度、札幌市保健福祉局健康衛生部 動物管理センター シベリアンハスキー系雑種のRaoU家への完全移籍が決定いたしましたのでお知らせいたします。

■氏名:つよし

■生年月日:不明

■ポジション:玄関先

■背番号:なし

■身長/体重:結構大きいし重い

■出身地:札幌市

■経 歴:不明 - 札幌市保健福祉局健康衛生部 動物管理センター

■出場記録:    

2006年…動物管理センター 係員による散歩(5) 
通算記録…係員による散歩(5)

※2006年動物管理センター以前は不明

■契約期間:2006年10月27日 ~ 

■つよしのコメント:
『もう少しで処分されるところでした。慣れない環境で戸惑い遠吠えもしましたが、第2の我家と思い暮らしたいと思います。』

■RaoUのコメント:
『まさか前任が居なくなってすぐに見つかるとは思いませんでした。大人しい性格なので環境の変化にプレッシャーを感じているようですが、頭が良い様なのですぐに我が家に溶け込めるでしょう。彼が来てくれたのは何かの巡り会わせとしか思えません。』

topics No1028

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2006年10月24日 (火)

永遠の別れと言うけれども

正直こんな事してるのはおかしいのかも知れない。
でも何かに書きとめておきたくて。

今日と言うか先程、10数年一緒に暮らしていた愛犬が息を引き取りました。
今年の春ごろから足腰が弱くなり、散歩をしていても踏ん張りが効かなくなってきてて、目も余り見えなくなっていたようでした。
それでも食欲は旺盛ですし、私が帰宅すると、玄関前でいつも「のっそり」と言う言葉がぴったりの現れ方で小屋から出て出迎えてくれました。
魚が大好物。特に鮭トバがすきでした。
ご飯に鰹節や小魚を入れてやると、真っ先にそれだけを食べてしまいます。
夜中に突然吠え出して、おやつをねだる事もありました。

一昨日、ご飯をあげたのですが何故か食べず、仕方が無いので小屋の中に置いておいたのですが翌朝になっても量が変わっていませんでした。
流石におかしいと思い家の中に入れたのですが、夜8時くらいまでは普通に家の中をうろうろと歩いていました。
しかし、その後急にへたり込んで立ち上がれなくなり、私の部屋に簡易的にベッドを作り、そこで寝かせる事に。
その時はまだ自分で起き上がろうとしたり、水を飲んだり、大も小も出していました。
夕べは殆ど寝ずに様子を伺っていましたが、特に悪化する事も無く、かかりつけの動物病院が休みだった事、私を含め移動手段を持っている者が皆仕事だった為、少し様子を見て状態が変わるようなら他の病院に連れて行こうと話をしていました。幸い私は昼に3時間程度時間をとれる事もあり、その間に病院に連れて行くつもりでした。
しかし、近くの病院はどこも午後の診療を16時からに設定しており、昼は手術があるので先生の手が空かないと断られ、かと言って遠方に連れて行ってもし具合が急変してしまったら…と思うと中々連れ出す事も出来ませんでした。
そうしているうちに私も仕事に行かなければならなくなり、後ろ髪引かれる想いで家を後にしました。父親が帰ってくる5時過ぎに連れて行こうと話をして…。

息を引き取ったのは午後4時45分頃。

午後6時30分。私が帰ってきて最初に見たのは、毛布に包まった愛犬の亡骸と、その前で呆然としゃがんでいた弟の姿。
家を出た時は昨晩と状態が変わらなかったので、何とか間に合うかと思っていたのだけれど…。

一昨日、おかしいと思った時に病院に連れて行けば…
と後悔しても、もう時間を戻す事は出来ず…
愛犬の亡骸は今、私の傍らに居ます。





何だか良くわからなくなってきたので、この辺で。

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