2011年2月19日 (土)

恥ずかしい事に

コンサの話題ではありません。

最近初めて知ったサイトがあります。

個人のホームページなので具体名は出しませんが、私の趣味の一つである歴史・戦史絡みの場所です。
2003年頃から少しずつコンテンツが増えている、具体的には沖縄戦を扱っているサイトなのですが、文献を見るだけではなく実際に現地に行ってその場所を踏破したり、資料に残る過去の写真と現在の地形などを比較していたり、現在の地図も多用して具体的にどの様な動きで沖縄戦が行われたのか、非常に客観的に書かれています。
所謂反戦系ではなく、かと言って軍オタ系でもない。
あの地で起こった事を各方面の資料からの引用と先に挙げた実際の写真、白地図とそこに描かれた配置図や行動図で解説し、純粋に歴史の再現をされているような感じでした。
参考資料などがしっかりしている上に非常に細かいディテール、そして同じ事象を敵味方両方からの視点で引用して解説されているので偏りが少なく、まとめ資料的な価値は高いと思われます。

製作されているご本人は戦争を美化しているわけではなく、寧ろ痛ましく、苦しく思っているようです。
現地に足を運び、その場所にて散ってしまった、今は眠っているであろう数多の命に思いを馳せ、鎮魂の気持ちを持って丁寧に資料を纏めている様に感じました。

沖縄戦は、昭和20年3月26日の慶良間列島の戦闘から始まりました。
沖縄本島での戦闘は4月1日から。
それから2ヶ月にも及ぶ悲惨な戦闘で、軍民問わず多数…と言うには余りにも多すぎる犠牲者が出ました。
色々な立場の人間がいて、色々な事情があり、一概に纏めてしまうのは難しい歴史の一滴です。

最近になってまた普天間基地の移転問題が再燃しています。
私のように北の大地に住んでいる身にとって米軍基地は映像の向こうの存在であり、決してリアルな存在ではありません。
だから簡単に言ってしまう事はできませんが、日本を守るために散り、そしてその巻き添えとなって散華した人達の魂が眠るであろう場所をどう扱うべきなのか。
我々国民はしっかり見つめなおす時期に来ているのかも知れません。

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2009年11月 4日 (水)

鞍馬

関門海峡の事故ですが、事故原因は追々出揃うらしい(現状で確定していない)ので今は明確に出来ないようです。
当初は各メディア揃って『くらま』側(あるいは自衛隊側)に非があるような報道をしていたわけですが、いつもの事ですが自衛隊に非がないとわかった瞬間に報道がどうでもいいワイドショー向けの内容で消されてしまい、続報が細々と、ほんの少しだけお茶の間に届けられているような状況なので、自分から探しに行かないと正確な情報が入ってこないようです。

多分国内でこの件について判りやすく、かつ詳しく記事にしているのは、大手新聞社・TV局などではなく、個人blogのhttp://obiekt.seesaa.net/かと。

海事には疎いので印象論に過ぎませんが、私的には『くらま』の方は完全に貰い事故だと思ってます。
焦点はカリナ・スターの操船になるのかなと。

報道各社(なぜかいつも批判的な朝日を除く)は海保側の指示ミスか?等とぶち上げているようですが、上記blogコメント欄などで指摘されているように、情報提供は出来ても強制力のある『指示』を出せないマーチスに全面的な責任は被せられないのではないでしょうか。
実際に現状で出揃っている情報だけで判断すると、カリナ・スターはマーチスの情報と依頼(強制指示ではなく依頼です)をまったく聞いていないかのような動きをしています。
また海峡の最も狭い部分で、先行する大型貨物船に右舷後方から最接近しているようです。
大型貨物船は真ん中寄りを航走していました。
大型貨物船は最矮部を通過する際に海峡真ん中寄りから右方向に転舵しつつ、後方のカリナ・スターの追い抜くコースを作る予定だったのではないかと。
何故そのようなコースを取るのかは、公園の池などでボートを漕いで見れば判ります。
急激な転舵をすると、車で言うオーバーステアのような状況になり外側に膨らんでしまう(下手をすると最悪横向きになる…今回のカリナ・スターのように)ので、狭い部分でそれが出来ないからアウト-イン-アウトの緩やかなコースを取るつもりだったのでしょう。

『くらま』については、マーチスからの情報が衝突数十秒前(車で言えば1~2秒前くらいの感覚じゃないかと思います)なのと、最矮部で且つ右は浅瀬、左は対抗船が来ている状況ですから左右どちらにも避けられる状況ではなく、全力で逆進を掛けて艦首部要員を退避させて被害を最小限に留められた事を賞賛すべきでは。

そう考えると、問題点はカリナ・スターが何故あのような行動を採ったのかになるのかなと。

まあ結局、この件は審判が出るまでわかりませんけどね。

『くらま』は損傷の具合と30年近い艦齢と言う事から、修復され復帰するのかどうか…

『しらね』型は結構好きな艦だったので、残念です。

 

それよりも心配な事が…
現状で稼動しているDDHが1隻(『はるな』は引退。『しらね』はまだ使えない。使えるのは『ひえい』のみ…)でそれも年明けに年次検査で入渠予定だったはずです。
『ひゅうが』の訓練も終わらない為、護衛隊で稼動するDDHが1月~3月まで1隻も居なくなると言う危機的状況に陥るのですが…

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2009年10月12日 (月)

惜しい人が

軍事評論家の江畑謙介さんが亡くなりました。

湾岸戦争の時にNHKの解説で出てきた姿(特に髪型)を見て、強烈なインパクトを受けた方です。
私はその前から名前は存じ上げていましたが、氏の丁寧な物腰と判り易い解説、それと自分の職分を超える発言は一切せずに判らない事は判らないとはっきり言う姿勢、間違えたときは自分の間違いを素直に認めて何故そのような間違いをしたのかをしっかり開陳する姿勢、どれもが公人として立派な方でした。
特に戦術や兵器の知識・分析は現在の日本の評論家の中では群を抜いていましたし、変に思想でバイアスが掛かっていない分客観的な判断で物事を説明できる貴重な存在でした。政治的な発言が一切無かったのが印象深く残っています。
局抱えの似非評論化が多い中で、氏は本物の骨太の評論家と言える方だったのは間違いないと思います。

60歳と言う若さで亡くなったのは残念でなりません。
この国における軍事評論界最大の柱が折れてしまった事、それと何か調べる際の指標となる方がいなくなってしまうのですから。
彼の後を継げる存在が見当たらないのがとても残念ですし、とても不安です。

心からお悔やみ申し上げます。

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2009年3月20日 (金)

そう言えば

とうとうDDH-181『ひゅうが』が就役しましたね。
全通甲板を持つ『ヘリ搭載護衛艦』です。
入れ替わりに『はるな』が退役してしまって、一時代を築いたDDHがまた居なくなり寂しいのですが仕方がないですね。

『ひゅうが』ですが見た目は全通甲板の為航空母艦と混同されそうです。
知識がある方は問題ないのですが、見た目から拒否反応を起こす方々(軍靴の音が…の方々)もいらっしゃるでしょう。
でも全長200m以下の艦艇で固定翼機を運用するとなると、甲板強度などの問題をクリアしたとして現状で搭載可能なものはハリヤー系列か開発中のF-35系しかありませんし、仮に搭載するとしてもこの大きさの艦艇では目いっぱい(甲板に露天繋留しても)積んで精々10数機。
まあある程度の機数ではあるんですが、侵攻作戦が封じられている自衛隊でハリアーが生きる場所など無いでしょうし(基本的にハリアーの機体の性格から攻撃機として考えた方が間違いないでしょう。それを船に載せる意味は今の自衛隊にはありません)、F-35はくぁwせdrftgyふじこlp;@:「」だし……
それに加えて失われた航空機運用のノウハウも蓄積しなければなりませんし、そのための人員も増やさねばならないし、当然航空機も購入して予備部品も購入して艦艇の改修工事も必要で……と、お金が掛かる事この上なし。
只でさえ金が無くて人員・機材をギリギリで運用している海上自衛隊にそんな余裕はありませんし、そもそも構造上空母として運用するように設計されてないと思います。
(固定翼機をあのサイズで運用するならエレベーターは舷側配置にする必要がありますしね)
あの形になったのは単純に複数のヘリを同時運用するのに都合がいいから(と認識しています)で、そこを追求するとヘリ空母のような形状にならざるを得ないと。
基本的に海上自衛隊の護衛艦群は対潜部隊ですので、スムースなヘリ運用は大きなアドバンテージです。

あと、F-15Jの後継機種選定ですが、なんだか(趣味的な意味で)凄いのが発表されています。
『サイレント・イーグル』って……



かっこいいじゃないか。。。

以上、週間オブイェクトの記事を読んで思ったことでした。
ここ↓
http://obiekt.seesaa.net/

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